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「君の隣に 緘黙という贈り物」を読んで
さくらかよさんの「君の隣に 緘黙という贈り物」を読みました。

kimino071004

冒頭に、「私が約15年間付き合ってきた緘黙・・・」と書かれてありました。
幼稚園から大学まで、しゃべれなかった15年間。
長いですよ。
どんなにか辛かったでしょうね。

彼女は、「幼い頃、お母さんの悪口を聞いて育った」んだそうです。
お母さんとお祖母さんの仲が悪く、いわゆる嫁姑の争い…。
えーッ!?
私もそうなんですけど。
私は母も祖母も好きだったので、両方の悪口を聞かされるのが嫌だったんだろうな。
弟は祖母に嫌われていたので、母にとってみれば味方。
私はどっちつかずの日和見主義者にしか見えてなかったようです。

さくらかよさんは「緘黙になった本当の原因は自分でもよくわからない」と仰っていますが、私もよくわかりません。
幼稚園のときにはもうしゃべってなかったし、その前にどんな決定的なことがあったか、覚えてないです。
でも、これを読んで、家族の問題もあるのかも?と思いました。

授業中、彼女と同じように、私も「あてられませんように!早くチャイム鳴れーッ!!」と、毎時間思ってました。
そんな授業、何の意味があるんだろう。

ゲームが好きな先生、いましたね。
こっちは、しゃべれない、笑えない、走れない、動けない…なのに、ゲームやれ?
拷問みたいだった。

私の場合は、本読みは出来たので、普段しゃべらない分、余計に国語や英語の教科書を読まされました。
読んだ後、必ず、「声が小さくて聞こえません。」とか言う子がいました。
めちゃムカつく!
私の代わりに読んでくれれば?

ある先生の書物からの引用で、「のどに鍵がかかった感じ」という言葉が紹介されていました。
ほんとにそうだと思います。

彼女が書かれた詩の中で、

  辛いときに辛いって言っちゃいけなかった
  もう 独りで頑張るしかなかった
  味方になってくれる人は少なくて・・・

というのを読んだら、涙が止まらなくなりました。

緘黙の子供達はみんな孤立していて、助けてくれる人もいない。
一人一人が無人島に住んでいるようなものかもしれません。

さくらかよさん、また繰り返し読みたいと思います。
ありがとうございました。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

「負けたらあかん!」を読んで
インターネットで注文していた本、「負けたらあかん!」石川百合子・石川麻利著(近代文藝社刊)が届きました。

読む前に躊躇しました。
読んだら泣いてしまいそうだったので。
やっぱり何度も泣きました。
麻利さんも私と同じような場面を経験し、私と同じように話せなくて苦しんでいたなんて。
緘黙のときは、そういう生徒は周囲にいなかったので、私だけがおかしいんだと思っていました。

この本を読んで、忘れていたことも思い出しました。
麻利さんは学校で、くしゃみや咳が出来なくて苦しかったそうです。
私もくしゃみが出そうになると、息を止めたりして必死に食い止めていました。

「バイバイ」が言えないこと。
私も言えなかったなー。
まだ「さよなら」のほうが抵抗が無かった気がします。
どうしてだろう。

部活で、挨拶が出来ないこと。
私は中学でテニス部に入ったのですが、練習が終わると最後に「あーした!」と言わなければならないのです。
「あーした」とは「ありがとうございました」のことです。
どうして「ありがとうございました」でなく「あーした!」なんだ?
わたしはこの言葉にものすごく抵抗があって、「あーした!」を口に出すことがどうしても出来ませんでした。
テニス部在籍一週間位だったかな。
挨拶出来ないのが理由で、とは言えなかったけど、退部して美術部に入れてもらいました。

麻利さんは私のようなヘタレと違って頑張り屋さんなので、挨拶が出来ない状態の中でも、体操部をかなり長く続けられたそうです。
偉いなー。

いじめの箇所はほんとに読むのが辛くて、涙で何度も読めなくなりました。
私の場合は転校が多かったので、そこまでいじめがエスカレートすることはありませんでした。
嫌がらせはよく受けましたけど、それをいじめだったとは思っていません。

親切な友達のこと。
こんな私にも優しくしてくれる子はいました。
その子達のことも懐かしく思い出しました。

あと、ひどい先生のこと。
やっぱりいるんだ。
こんな先生。

これは私も決して忘れません。
このことについても、そういう先生を尊敬出来ない自分のほうがおかしいのかと思ったりしたけど、そうじゃないということが分かりました。
読んでよかったです。

長くなるので今回は雑感だけですけど、細かい点についてはまた次の機会に書きたいと思います。

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ジャンル : 日記

英語の先生達(英会話教室編1)
高校2年のとき転校して、やっと自分からクラスメイトに話しかけることができた私は、一応緘黙から脱したのですが…。
対人恐怖症のような状態は相変わらずで、コミュニケーションがうまくとれません。
人付き合いは今でも苦手です。

特に先生と生徒の関係になると、どうしても学校でのことを思い出してしまいます。
なのに、一時期英会話教室に通っていました。
(うさぎさんで有名な例の教室ではありません。)

結構早いサイクルで先生の入れ替わりがあったので、色んな先生に教えて頂きました。
ある日、アメリカ人の男性講師に「次のレッスンのときに英語で1分間スピーチをしなさい。」と言われたのです。
ゲゲッ!!
高1のときにそのせいで不登校にまでなりかけた、悪夢の1分間スピーチです。
しかも英語で!?

今回は不登校になる訳にはいきません。
何を話せばいいのかなと悩んだ末に、大好きなはるき悦巳さんの「じゃりン子チエ」を紹介することにしました。

ジャパニーズ・コミック「じゃりン子チエ」の主人公、チエちゃんは小学5年生で、お店をやっている。
父親はギャンブラーで働かず、母親は家を出て行ってしまった。
一般的に言えばそれは悲惨な状況だけど、チエちゃんは決してへこたれず、毎日がんばっている。
私は「じゃりン子チエ」を読む度にチエちゃんから元気をもらう。
このコミックが大好きだ・・・というようなことを英作文して、一所懸命に暗記しました。

でも昔の嫌な思い出があるので、当日はもうドキドキもんです。
いえ、その日までの一週間、逃げ出したくてたまりませんでした。

ガチガチに緊張して教室に行ってみると、同じクラスでレッスンを受けていた男の子がお休みだというのです。
(そのときは彼と私の二人で受講していました。)
ラッキー!!!

先生一人を相手にスピーチすることになりました。
一対一ならそれほど緊張しなくてすみます。
で、話し始めたのですが、やはりあがってしまい、途中で何行分かとばしてしまいました。
でも、最後まで話し終えると先生は「Good!」と褒めて下さいました。

1分間のつもりが、途中が抜けたので40秒位にしかならなかったと思いますが、終わってほんとにほっとしました。
高1のときは20秒しか話せなかったのが、倍話せたんだから良しとしよう。
あのときはクラス全員の前。今回、相手は先生一人。
状況が全く違うのでこれで克服できたとは言えないだろうけど、とりあえず1分間スピーチのトラウマから解放されたことにしよう。
少し自信がついたような気がしました。

でも、もしそのときのスピーチも失敗していたら、チエちゃんまで嫌な思い出になったかもしれません。
そうならなくてよかったー!
今でも大好きです。

jarinkochie_01

これは→のサイドバーのDVD BOXではなくて、以前バンダイビジュアルから出ていたものですが、金魚すくい、楽しそうですね。

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英語の先生達
今日はまた緘黙系の話です。
中学、高校の英語の先生中心にとりとめもなく書いてみようと思います。
(おっしゃるとか、れる、られるはめんどくさいのでそういうの無しで失礼します。)

中学から新しい教科、英語が始まるので私は楽しみにしていました。
英語は30歳位の女の先生でした。
話せないのは相変わらずでしたが、授業自体はそれほど嫌ではなかったと思います。

1学期の中頃だったか、廊下の向こうからその先生が歩いてきたので、私は会釈して通り過ぎようとしました。
先生は「とらっぴぃ~!」と私の名前を呼びました。
(○○君、○○さんとは呼ばずに生徒の名字を呼び捨てにしていました。)
私が立ち止まると、私の両肩を掴んで顔を覗き込み、「あんたはおとなしいなぁ!」と言いました。
声のよく通る先生だったので、廊下を歩いていた生徒何人かは振り返って私達を見ていました。
私は何も言い返せず、真っ赤になってうつむくしか出来ませんでした。

多分学校中で私が一番おとなしかったのでしょう。
しゃべれなくて苦しんでいる者は、それを言われるのが一番こたえます。
それ以後、英語を勉強する気も無くなってしまいました。

中2の1学期に転校しました。
今度は大学を出たばかりのかわいい女の先生です。
美術部に入ったらその先生が顧問でした。
文化祭用の絵かなんか描くために夏休みに登校したら、描き終わった後、来ていた美術部員みんなに先生がアイスをおごってくれました。\(^O^)/
何を描いたかは全然覚えてないんですけど・・・

中3のときの英語は40歳位の男の先生。
一度、教科書を忘れてしまいました。
他のクラスの子に借りに行けず、隣の子にも見せてと言えない私はそのままノートだけ出していたのですが…。
気が付いた先生に嫌みを言われました。
まぁ、忘れた私が悪いんですけど。
ネチネチネチネチと・・・
そうか。今思えばネチネチ系の先生でした。

高1は40代の男の先生で、この先生が担任でした。
ホームルームの時間に毎日一人ずつ前に出て、1分間スピーチをしろと言われました。
あ、日本語でですけど。

もう、それがたまらなく嫌だったのですが、ついに私の番が来ました。
前の日に新聞に載っていた環境問題についての記事を暗記して、それに自分の感想を付け加えて話したのですが、20秒くらいにしかならなかったと思います。
話し終わると、みんな「え!? もう終わり?」みたいな顔をしていましたが、私にはそれでいっぱいいっぱいですから!!

私は不登校ぎみになってしまい、成績もどんどん落ちて通知票に赤ざぶとん引かれました。
赤点になりそうな教科が出てきたので、放課後数学の先生の補習を受けたりしていました。

担任の英語の先生はシェークスピアに傾倒していて、職員室で私にシェークスピアのどの作品が好きかと聞きました。
私がマクベスと答えると、先生はひどく驚いてマクベス夫人が好きなのか、マクベス本人が好きなのかと聞くんです。
え~? そんな、いちいち人物分析してないしぃ・・・
と思ったけど、何も言えずに困っていると、マクベスの作品全体が好きなのかと聞かれたので、とりあえず「はい。」と答えておきました。

後で考えるとマクベスはまずかったか?
ロミオとジュリエットとか、ハムレットとか答えるべきだった?

その時はそのへんの作品あまり興味なくて・・・リア王とか、ベニスの商人とかとかもあまり好きじゃなくて・・・

真夏の夜の夢、テンペストあたりが好きでした。
ロイヤルシェークスピアの来日公演「真夏の夜の夢」をテレビで見たのですが、すごく面白かったです。
あと、手塚治虫のバンパイヤが好きで、あの作品はマクベスが下敷きになっているというのも影響があったかもしれません。
ハムレットは映画「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」は好きだったな~。
検索してみたら、DVDで出てたみたいだけど、在庫切れになってる・・・残念。(;。;)

高2で転校して緘黙は直ったのですが、英語の先生は50代でまた担任です。
そしてまたこの先生も好きじゃなくて・・・

高3の1学期終わってまた転校。
2学期から新しい英語の先生に習ったはずですが・・・
思い出せない!!
どんな先生だったか全く思い出せません。
それほど英語に興味が無くなってたのかな~。

それから長い時間が経ち、どういう訳か英会話学校に通ったりしました。
(もうすっかり習ったことは忘れてしまいましたが。)
親がお金を出してくれた学生時代に勉強せずに、社会人になってから高いレッスン料払って習いに行ってた私ってどうよ。
アホかいな!と自分につっこんでみる・・・(×_×)

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緘黙について
数日前からこのFC2ブログの調子が良くないのか、画像のアップに四苦八苦しておりまして…。
今日は文章だけ書いてみようと思います。
と同時に今までの内容と少し違うことを書きます。

今日はサイドバーのリンクに新しく野ウサギ。さんの「緘黙の話」というブログが加わりました。
野ウサギ。さん、どうもありがとうございます。
このとらっぴぃ~日記はうさぎメインですが、うさぎさんつながりではありません。
「緘黙」というキーワードで検索して野ウサギ。さんのブログにたどり着いたのです。

緘黙(かんもく)というのは話したくても話せないという症状です。
私は幼稚園から高校一年まで緘黙児でした。
幼稚園でも学校でも自分から言葉を発することが出来ませんでした。
父の仕事は転勤が多かったので、私と弟二人もその度に転校したのですが、新しい学校でもやはり喋れません。
どの学校でも私は問題児でした。

そんな子は私以外にいなかったので、私だけだと思っていたのですが、野ウサギ。さんもそうだったんですって!
もうビックリです。
それどころか外国にもそういう子供達がいるそうです。
千人に2人くらいの割合で緘黙児が存在するという資料もあるそうですよ。

私の場合は人前や学校で話すことも笑うこともできない場面緘黙症、あるいは選択性緘黙症という症状だったようです。
あらゆる場面で話せない全緘黙という症状もあるそうです。

高二の時にまた転校しました。
どうしてもこの状態から抜け出さなければならないと、一大決心をして、隣の子に質問しました。(緊張して脇の下に汗かいて、震えながら)
多分、「明日持ってくる物は何?」みたいなことだったと思います。
彼女がにっこりして、親切に答えてくれたのでその時点で私は話せるようになりました。
今でも彼女にはものすごく感謝しています。
もしあの時彼女に無視されていたら、今でも私は緘黙児のままだったかも・・・
あ、もう緘黙おばさんか。
ひょっとしたら彼女のほうは転校生に話しかけられて嬉しかったのかもしれないですけど。

いつも自分が転校生だったので分からないのですが、逆の立場だったら転校生ってエイリアンみたいに見えるのかも・・・

考えてみれば自分が緘黙児だったくせに緘黙についてほとんど知らない私。
これは勉強しないといけないな。
緘黙児たちに、苦しんでいるのはあなただけじゃないよと言ってあげたいです。

緘黙についてはまたちょっとずつ書いていきたいと思います。

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プロフィール

とらっぴぃ~

Author:とらっぴぃ~
とび (♂うさぎ・享年11歳)
らら (♀うさぎ・享年6歳)
ぴこ (♀うさぎ・享年6歳)

とび、らら、ぴこの名前を取って「とらっぴぃ~」ということになりました。
Macで在宅ワークしてます。
(♀・?歳)

2007年夏より、
ミミ (♀うさぎ・享年6歳)
2010年春より、
大河 (♂猫・Mix・6歳)
2011年春より、
アンジュ (♀猫・Ragdoll・5歳)
が加わりました。

度々登場するラピトーンは管理人の弟(東京在住・イラストレーター)で、とび、らら、ぴこ、ミミのほんとの飼い主です。

別館はこちら
07.11/5以降のうさぎ飼育日誌は ZZ BUDDY へどうぞ。
ドンちゃん
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