2002年、とびが6歳のとき、茨城県笠間市に連れて行ったことがある。
僕の友人が、笠間市で陶芸家をしていた。
素焼きのプレートやお皿に、絵付けをするのを手伝ってほしいとのことだった。
絵付けの仕事は初めてだったので、とりあえず練習がてらに遊びに来てくれと言われた。
彼のアトリエは、山林の傾斜地を切り開いて建てた、立派な二階建てで、一階部分がアトリエ、二階が寝室とリビングなどの生活空間になっていた。
敷地は300坪もあり、土地がだいぶ余っていた。
庭には電気釜の別棟があり、そこで作ったものを焼いて、絵付けをし、釉薬や上薬をかけてもう一度焼く。
製品までの工程が、ひととおり全部できるだけの設備が整っていた。
中型のワンボックスカーに乗せてもらって、東京から笠間までのドライブをした。
そのとき、キャリーボックスにとびをいれて、笠間まで連れて行ったのだ。
いつもはイタズラ小僧のとびも、長時間の旅行に疲れたのか、現地に到着したとき、心なしか元気がなかった。
キャリーボックスから出して、アトリエの床に放した。
床はコンクリートで出来ていて、ろくろや、粘土の袋、バケツや清掃道具など、様々なものが置いてある。
でも、動き回るだけのスペースはたっぷりあった。

とびは最初、新しい環境に戸惑ったようすであたりを見回し、それから、急に動き出した。
アトリエの隅に駆けていっては、くんくんと匂いをかぎ、あっちに行ったり、こっちに来たりと、一時もじっとしていない。

いつものとびの調子が出てきたようだ。
ぼくは、床の上、キャリーボックスの近くに、持ってきたラビットフードをひとつまみ置いて、二階に上がった。
しばらくとびを遊ばせておいて、二階のカウンターで酒を飲もうということになった。

友人はカクテル作りの名人で、その場でいろんな酒をブレンドして、即興でカクテルを作ってくれる。
もちろん、自分が焼いたグラスに注いで、勧めてくれる。
奥さんは、インテリアコーディネーターをしていた才女なので、自分で家の設計や、小物のコーディネートをしたそうだ。
それで、こんなしゃれた家ができた。
ぼくは、この家はアトリエとしてだけ使うのは惜しい。
ぜひ、民宿として、営業したらどうか?と、提案した。
二人とも、それはいい。
ぜひ考えてみよう、と意気投合。
ひとしきり歓談してほろ酔い気分になったころ、一階に下りてみた。
すると、とびがいない。
いや、いないのではなく、隠れる場所が多いので、飛び回っていたのだ。
「あっちに行ったぞ!」
「こっちだ、こっちだ!」
みんなで追いつめて、やっと背中の皮を掴むことができた。
そして、ふと気付いた。
この床に転がっている、無数の黒い玉は何だ?
とびのウン●だった。
しかもあちこちにしている。
あとで掃除が大変だった・・・
翌日は、天気がよかったので、裏山にとびを連れて行って、散歩をさせた。
もちろん、長いリードをつけて散歩させたのだ。
しかし、散歩とは名ばかりの、運動になってしまった。
いつも、マンションの一室で遊ばせていたので、自然の山に放されたとびは
野生に戻ってしまったようだ。
ものすごい、まさしく、脱兎の勢いで、一直線に突き進んだ。
僕は、ぐんっと引っ張られて、いやおうなく、とびに従った。
「お、そっちに行きたいのか、わかった、わかった!」
早足でついて行く。
すると、とびは突然飛びはね、まったく見当違いの方向に進路を変えた。
僕も、とびに付き従う。
また、だだだっだっ、だだっ、と走って、突然方向転換!
これの繰り返しである。
まったく予測がつかない。
ウサギの散歩は大変だということが、このときわかった。
「じいちゃん、楽しかったみたいだね。」
「あの頃は、ぶいぶいいわしてたもんです。」
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